ビジネスイノーベーションとは、従来からあるビジネスモデルを全く新しいビジネスモデルへ変革することです。
実は、日本における大きなビジネスイノーベーションが江戸時代に発生しています。
今回は、現在の三井グループの祖である「三井越後屋」がもたらしたイノベーションについて紹介したいと思います。
三井越後屋とは
三井越後屋は、1673年(江戸時代初期)に創業された呉服店です。
三井越後屋の創業者は、「三井 高利」という人物で、もともと江戸で商売をしていた三井家の末子でした。
「三井 高利」は才能溢れた人物でしたが、その才腕を長兄から疎まれ、母の面倒を見るために、単身、江戸から故郷の松阪へ戻されてしまいます。この時、まだ28歳でした。
故郷で妻を迎えた高利は、やがて10男5女もの子宝に恵まれていきます。母の世話をしながら、江戸出店の機会を待ち、松阪での家業を拡張し、商業に加えて金融業を営み、資金を蓄積していきました。
高利は、自分の子どもたちが15歳になると、男子は江戸の商人の下に送って商売を学ばせ、江戸出店の日が来るときのための基礎固めを着々と行っていたのです。
高利が松阪に帰って24年目の1673年、長兄が亡くなったことを機に高利は、念願であった江戸出店を実行に移します。この時、既に52歳の老齢となっていました。
高利は息子達に指示し、江戸随一の呉服街である江戸本町1丁目に間口9尺の店を借り受けさせ、「三井越後屋呉服店」(越後屋)を遂に創業しました。
三井越後屋が行ったイノベーションとは
老舗呉服店が建ち並ぶ中、後発であった越後屋は、それまでの呉服店の販売・仕入れ方法にイノベーションを起こします。
現金掛け値なし
「現金掛け値なし」とは、「①呉服を買ったその場で現金払い」と「②値引きなしの定価販売」の組み合わせとなります。
「あれ、これって顧客にとっては損じゃないか」と思った方が多いと思います。
しかし、当時の呉服店は一般に以下の販売がされていました。
- 節季払い(集金が年に2~3回のつけ払い)
集金コストがかかり、その分呉服の値段に上乗せ - 掛け値(値切り前提の高めの値段設定)
一見さんには高く、馴染みには安くが普通であり、富裕層以外は高値で買うしかない
上記の販売が普通であった呉服店において、三井越後屋はイノベーションを起こし、
「①集金コストを抑えることで、呉服自体の値段を安く」
「②どんなお客様にも、値切りを前提としない安い価格で呉服を提供」
を実現しました。
後発であった三井越後屋ですが、このイノベーションにより、江戸の中間層から爆発的な人気を得て、多額の利益をあげることに成功しました。
店前売り、切り売り、仕立て売り
「現金掛け値なし」は、歴史の教科書にも載っており有名ですが、三井越後屋はそれ以外にも多くのイノベーションを起こしています。
1つ目は、店前売りです。
他の呉服店が、富裕層への訪問販売、店頭で注文を聞いて後で自宅に届けるといった販売方法であったのに対して、三井越後屋は、店頭での販売(店前売り)に限定しました。
当然、訪問のコストが下がるため、その分価格を安く設定することができました。
2つ目は、切り売りです。
他の呉服店は、1反(幅36㎝、長さ12m)毎しか販売しておらず、それ未満で売ることは、タブー視されていました。
しかし、三井越後屋は1反未満でも販売する切り売りを実施しました。
この販売方法は、中間層、女性、傾奇者(当時のお洒落の最先端をいく者)に受けました。
3つ目は、仕立て売りです。
三井越後屋では、従来の呉服屋になかった「イージーオーダーメイド」を始めました。
顧客の要望に従い、縫製した製品を店頭で渡すことができるよう、それまで外部化されていた縫製職人を店舗に雇い入れ、分業させる仕組みを考案しました。
両替商
実は、三井越後屋がイノベーションを起こしたのは、販売方法だけでなく、両替商による仕入れ方法についても、新たな価値を生み出しています。
なぜ、両替商(為替業務)と仕入れが結びつくのか説明していきたいと思います。
当時、江戸では主に金貨が使われ、京都・大阪では銀貨が使われていました。
呉服店は、仕入れは主に京都の西陣から行っており、江戸で呉服販売で得た金貨を仕入れのために銀貨に両替する必要がありました。
同じ頃、江戸幕府では、大阪で集めた年貢を銀貨に替えて、江戸まで郵送したうえで金貨に替えるコストが悩みでありました。
そこで、三井越後屋は、江戸幕府に以下の提案をしました。
「大阪の江戸幕府の役所から、三井越後屋の大阪支店は銀貨を受け取り、その2~5か月後に、三井越後屋の本店が江戸の幕府に金貨で納める」
江戸幕府は喜んでこの提案を受け入れました。
この提案の三井越後屋の狙いは、
「三井越後屋は、大阪の役所から得た銀貨を京都西陣での仕入れに使用し、江戸での呉服販売で得た金貨を江戸幕府納める」
といった手法を確立し、金貨と銀貨の両替コストを実質的にゼロとすることです。
これにより、他の呉服店よりも低コストでの仕入れを実現しました。
三井越後屋は、こうしたイノベーションを慣行したからこそ、後発ながら大きく成長することができました。
イノベーションと聞くと、ついIT等の利用を思い浮かべてしまいますが、イノベーションの本質は、三井越後屋のように、「従来から伝統的に行われてきており、人々が当然と思っていること」を変革し、よりよい価値を提供することです。
ぜひ、皆さんも「三井 高利」のようなイノベーションにチャレンジしてみて下さい。